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スペシャル

スタッフ/キャスト 連載インタビュー

TVアニメ『グノーシア』に関わる
スタッフ・キャスト陣の
リレーインタビュー企画です。
毎話の放送後、SNSでは大きな反響が続いています。視聴者の反応をご覧になっていかがですか。
木村吉隆さん(以下、木村)
10月から放送を続けてきて、どんどんファンの方が増えている実感があります。ゲームをプレイ済みの方もいれば、未プレイだけどアニメを見ている方、途中からゲームを始めた方、アニメを完走するまでゲームは温存しているという方もいらっしゃったり。本当にありがたいことだと思っています。
市川量也さん(以下、市川)
今ちょうど第18話がオンエアされたところなのですが、第1話のときと同じく27分全編通しでお届けするという告知も出したとき、SNSの反響が大きかったですよね。今作はファンアートを描いてくださる方がとても多くて、熱量の高さを感じました。原作を知っている方も、原作にはない展開を楽しんでくださっていて、毎週リアルタイムで熱を共有しているような感覚がありました。視聴者の皆さんと一緒に作品を作っているような感じで、それが何より楽しかったです。
花田十輝さん(以下、花田)
僕が印象に残っているのは、先輩のレジェンドと呼ばれるライターさんが見てくださっていて。その方の感想が「さっぱり何がなんだかわからないけど、とにかく毎週面白い」というものだったんです。原作をプレイ済の方と未プレイの方とで反応が大きく違うところがあったりして、そういうところは見ていて「なるほどね」と思うことがたくさんありました。そういう意味でも面白い作品だったように思います。
そもそものお話として、木村さんが花田さんにオファーされた経緯からお聞かせいただけますか。
木村
『グノーシア』に触れたときに、最初に思いだしたのが『STEINS;GATE』だったんです。自分はリアルタイムでアニメ『STEINS;GATE』を見ていた世代で、花田さんはそのシリーズ構成・脚本を手がけられていました。花田さんはそういったタイムリープものや、『宇宙よりも遠い場所』といったオリジナルアニメも手がけられていて。プレイヤーごとにランダム要素のある『グノーシア』を1本のTVアニメとして成立させつつ、余白の部分をアニメオリジナルでふくらませていただける作家さんと思って、オファーをさせていただきました。プロデューサーとしてはもちろんのこと、1人のアニメファンとして「花田さんが手がける『グノーシア』は見てみたい!」とも思っていました。
花田さんは、最初に原作に触れられた際にどのような印象を持たれましたか。
花田
人狼ゲームを1人用のゲームに落としこむ際に、宇宙船の中というシチュエーションをもってくるアイデアがすごいなと思いました。1人用の人狼ゲームということは、何回も人狼をやらないとゲームとして面白くならないわけです。「それならループものにしてしまおう」という発想が尖っている。インディーゲームならではの、良い意味での鋭さを強く感じました。ちょうど同時期にアニメ『天穂のサクナヒメ』のシリーズ構成もお話をいただいていたのですが、インディーゲーム原作はどれも鋭くて、やりがいがあるなという印象でした。
トゥルーエンドに向かう全体の設計は、当初から決まっていたのでしょうか。
木村
そうですね。方針としては割と最初の段階で固まっていました。
花田
ノーマルエンドで終わったままではさすがに可哀想でしょうと(笑)。
木村
話数の細かいところは最初に決まっていたわけではないのですが、花田さんが最初期にシリーズ構成を切ってくださったんです。3ブロックに分けてくださって。そのときからノーマルエンドを経て、トゥルーエンドに向かう設計が盛りこまれていました。
花田
普通のアニメだと「全〇〇話でやってください」というオーダーが最初にあるんですが、今回は「何話必要ですか?」と先に聞かれたんです。これは本気だなと(笑)。最終的に良い作品になるかどうかはクリエイターの熱量はもちろん大切なのですが、プロデューサーの熱量も同じくらい大切で、そういう意味ではこの作品は「難しそうだけど、やってみよう」と思わせるに十分な熱量が最初から木村さんにありましたね。
市川
今回は、木村さんの作品への熱量があったからこそ実現した部分も大きいと思うんです。話数もそうですし、花田さんにお願いすることも含めて。他のアニメにはない作り方をしたところも多かったですし、熱が各所に伝わったということだと思いますよ。
「大体3ブロックくらいに分けた」とのことですが、具体的にはどのような構成を想定されたのでしょうか。
木村
第1話から第7話がキャラクター紹介と人狼のチュートリアル。第8話から第15話がキャラクターの掘り下げ。第16話以降が最終章のタイムリープもの、という3部構成です。エンディング曲を変えたタイミングもそこに合わせていて。第8話のククルシカ騒動に合わせて梅田サイファーさんの楽曲に変えたのは、物語の主語が変わるからです。第16話でバグのパートに入って、凛として時雨さんに戻したのも、同じ理由ですね。
花田
実は僕、エンディングが変わるタイミングについては聞いていなかったんです。第16話で戻ったときに「そうかそうか、これで戻せば確かに意味合い的につながるよね」と初めてわかって、納得しました。
原作には膨大なイベントがありますが、各話にどのように振り分けていかれたのでしょうか。
花田
基本的には、まず「この話数ではこのキャラクターを中心に描く」ということをざっくり決めて、そのキャラクターのイベントをざっと集めてくる。使えるエピソードがそのキャラが中心になる話にいれて、残ったものもなるべく入れこめるように配置しました。いつも木村さんに「あと何が残っていますか?」と聞いていました。最終的には第20話のオープニングが流れるところで「あと、消化出来てないイベントがあったらここに入れて下さい」とお願いした感じです。個人的にはレムナン関係のイベントで消化出来てないものが多少出てしまったのは残念だったのですが、主人公を再度女性にしないとなかなか難しいことと、レムナン自身の過去が最終回の謎解きに大きく関わっているという点で、仮に話数増やしてもやっぱり入れるタイミングはなかったかもなあ、というのが正直な所です。
木村
できるだけ原作のイベントは活かそうというスタンスでした。テレビアニメとしてチューニングする中で採用できなかったエピソードもありますが、何らかの形で入れていきたいという意識はありました。たとえば第20話のラキオの「泥棒だ」というセリフについては、原作では違うシチュエーションで使われているのですが、印象的なフレーズだったので、花田さんが別の形で活かしてくださった。そういうところも面白いアプローチだなあ、と思っています。
花田さんはSFから学園ものまで幅広く手がけられていますが、設定が複雑な作品ではアプローチも変わってくるものでしょうか。『グノーシア』はその中でどういった立ち位置の作品でしたか。
花田
こういう設定の多い作品で一番大事なのは「わからなくならないようにするにはどうしたらいいか」をまず考えることです。視聴者は見ていてどこが気になるだろうと一生懸命考えて「まずはこれが気になるよね。次はこれで」と、必要な情報を1つずつ落としていく。ひとつコツがあるとすれば、視聴者がわからないと感じるポイントは、主人公にも「わからない」と言わせること。そうすると視聴者も「わからなくてもいいんだ!」と思えるんですよ。まだ明かせない部分では、ちゃんと主人公に「まだ分からないけど、きっと何かある!」と言わせる。それだけで視聴者は「主人公がこう言ってるということは、いつかどこで明かされるんだな」と安心して先を見続けられる。
ずっとユーリがわかった顔で会議を無双していたら、視聴者としては逆に「わからないよ!」と不安になりますよね(笑)。
花田
この作品で特に悩んだのは、『グノーシア』をループものとして見るお客さんと、人狼ものとして見るお客さん、どちらが多いんだろうということでした。結論としては半々だったのですが、特に前半のエピソードは両方の要素を少しずついれて、バランスをとることを意識していました。「この回は全然ループの話をしていないけどいいのか」、「この回は会議をしていないけどいいのか」と、毎回迷いながら書いていました。
人狼ゲームとしてのロジック面についてもお伺いしたいのですが、整合性はどのように詰めていかれたのでしょうか。
花田
基本的に、最初のほうのループは原作のチュートリアルの流れを追いかけつつ、どういった要素を後から入れていくかを考えるのがメインでした。「この回は人狼パートをシンプルにして、ドラマの部分を厚くしよう」とか、「もう少し人狼の駆け引きを加えてもいいんじゃないか」とか、そのバランスは毎回調整していましたね。人狼の玄人からしたら「こんなの簡単でしょう」となるかもしれないけれど、ユーリくんのレベルだったらこういうミスもするよね、こんな初歩的なミスもきっとあるよね、というところで折り合いをつけていました。
木村
人狼ゲームとして正しいことと、物語として面白いことは、別の部分なんですよね。だから人狼監修の松崎さんにも入っていただいて、人狼のロジックとして間違っていないかを確認しつつ、物語の面白さを花田さんに追求していただくという、二重のフローで制作を進めることになりました。
市川
話が面白いのは花田さんの脚本で間違いないのですが、作っていて一番緊張したのは人狼パートに間違いがないかどうかですね。投票先、投票数など……映像が完成したところで1回寝かせて、時間を空けてから、もう一度見直す時間を設けるようにしていました。
花田
一番難しかったのは「人狼ゲームというものをどのくらいの人が知っているのか?」というラインの設定でした。たとえば麻雀だったら「知っている人が見ればいいよね」で済ませられますが、人狼ゲームは「知っている人向け」と言いきれるほどみんなが詳しいわけではなく、かといってまったく人狼を知らない人にゼロからすべてを説明するのは困難です。このくらいであれば見てもらえるだろう、というラインをずっと探っていましたね。エンジニア権限も人狼的には占い師になりますが、原作をプレイしていなければ「エンジニアって何?」となるので、とにかく序盤はその話ばかりしていた気がします。
木村
あと、コールドスリープ室でグノーシアが残っているか否かを即時判定するランプの設定については、なぜアニメで追加したのかは視聴者の方も気にされていました。そこは結構話し合いましたよね。
花田
最初に僕が「人狼ゲームって、人狼をすべて吊ったときにゲームマスターはすぐに勝敗を言うの? それとも翌朝になってから言うの?」と聞いたんです。そうしたら「どちらのパターンもあります」と言われて。それだと困るなと思ったんです。『グノーシア』の場合、人間側が勝利の時は最後のグノーシアがコールドスリープされた直後にユーリはループする。ということは、そのタイミングでループしなかったらグノーシアがまだ残っている、とユーリは分かってしまうんです。するとその後、空間転移までの時間にユーリはグノーシアが残っている前提で明日の会議に向けて行動出来てしまう。それはよくないよね、となってランプをつけて判定を同タイミングで全員が共有するという演出が生まれました。
木村
ランプの設定がなくなると、基本的には翌朝まで待って「みんな無事でした」という展開になるのですが、そうすると「頼む、当たってくれ……!」という手に汗握る瞬間を作りにくくなります。疑わしいものを凍らせたその瞬間に、当たっているか間違っているかをハラハラしながらその場で見届けるという演出は、アニメ的には非常に効いたものになったように思います。
花田
原作の描写としては、グノーシアをすべて排除した直後にイベントが発生することが多いんですよ。だからコールドスリープをした時点で「勝ち」を確定させたかった。翌朝までひっぱってからイベントという段取りは、どうしてもアニメ的には不自然になりますから。
木村
第4話~第6話あたりは人狼のチュートリアルが中心なので、視聴者の方がついてきてくださるだろうかというのは気になっていました。シナリオとして抜群に面白いのはわかっていたんですが、基本的には人狼を繰り返す構成なので、そこがとっつきにくく感じてしまわないかなと。第7話で乗員が揃ってからはがらっと雰囲気も変わるのですが、そこにたどりつくまでの情報量が多かったので、ドキドキするポイントではありましたね。
市川
ざっくり「面白いことが起きているようだぞ」というのが視聴者の方に伝わるように、というのは心がけました。それは音楽の力もありますよね。勝っているときは勝っている音楽がかかるし、負けているときは負けている音楽がかかる。
木村
そこは音楽の深澤(秀行)さんと音響監督の納谷(僚介)さんのおかげですね。すべての議論はロジックで作っているので、そこに破綻はないのですが、さらっと見ると「?」となる方もいらっしゃると思いました。それでも展開が伝わるように、音楽で状況をサポートしようというのは現場の意識としてありましたね。
ユーリを「応援したいと思える子にする」という方針が以前のプロデューサー対談でも語られていましたが、具体的には花田さんはどのようなことを考えられていたのでしょうか。
花田
序盤のユーリはずっとやられっぱなしなんですよ。みんなに騙される。だから、騙されても心が折れないような子でないといけない。それでもめげずに「誰かのために頑張っている」という部分が担保としてないとダメだろうなというのが、ひとつ。後は特に序盤、どうしても複数の女性の中から投票先を選ばなきゃいけないシチュエーションが続くので、邪な考えで選んでいるように見えてしまってはいけない。そこから固まっていったのが、ちょっと幼さがある一生懸命な男の子、という方向性でした。仮にイケメン男性キャラにしてSQに迫られた時、チラッとでも胸を見て投票先決めたら応援する気なくなっちゃうじゃないですか。だから僅かでもそういう可能性を想起させるキャラクター造形は絶対にダメ。と結構強く主張した記憶があります。
木村
キャスティングについても、そういった男の子を演じる上で、男性声優の方がいいのか女性声優の方がいいのかという話はありました。
市川
安済(知佳)さんに演じていただいて大正解だったと思います。男性すぎず、女性すぎず、性別にとらわれないバランスがうまくいっているように思いますね。
女性としてのユーリの登場は、そもそもどういう意図や背景があったのでしょう?
木村
ことりさんから男性、女性、汎のキャラクター原案をいただいたので、せっかくなら3パターンとも活かしたいよね、というのが入口でした。性別が変わるという設定は、物語としては剛腕なところもあるかと思うのですが、銀の鍵がループさせているという設定や、ユーリがバグであるという設定から、うまく作品の中に落としこむことができたのではないかなと思っています。第20話には汎のユーリもちらっと登場していますね。
第14話のAC主義者が加わる回では、15人全員が登場して会議をするという構成が話題になりました。
木村
この前後編がはじめて、前編でロジックのミスがあると、後編でとりかえしがつかなくなるという話数なんですよ。第14話を納品してから、第15話を納品するまでにはすこし時間があるのですが、その間ずっと「第14話、なんか変なこと言ってないよな。大丈夫だよな」とドキドキしていました。第15話の放送を終えて、矛盾がなかったとわかったときは、心底ほっとしましたね。
市川
第14話と第15話は、本当の意味でワンシチュエーションの会話劇で、しかも人狼のロジックがわかっていることが前提のエピソードになります。観ている方にとっても情報量が多く、かなりハードな回だったなと。
木村
全員登場の人狼回で、さらに身内切りという要素が入ってきますからね。ここまではずっと「グノーシアがグノーシアを追いつめることはない」という前提で進めてきたので、それをひっくりかえす驚きはあったかなと思います。しばらくロマンスのエピソードが続いて「会議はどうした!」という反応も結構あったので、そういうときは「もうちょっと待って……!このあとあるから……!」という気持ちでした(笑)。
花田
脚本を書く立場としても、15人が1つの会議室にいる回というのは本当に大変で。書きながら「これで本当に映像化できるのだろうか?」と思っていました(笑)。
市川
映像化という意味では、画作りだけではなく、音楽も大きかったと思います。第16話でユーリがバグと明かされるシーンでは、深澤さんにフィルムスコアリングをお願いしています。通常は40曲くらいある劇伴の中から映像に合うものをあてていくのですが、あのシーンだけでは映像に合わせて、音楽を新しく作っていただきました。空間が壊れていくような演出がうまく表現できているかなと。
木村
あのシーンのために演奏者の皆さまをお呼びして、生演奏でレコーディングしていただきました。音響監督の納谷さんが「ここはもう空間として壊れているから、通常の劇伴は当てられない」とおっしゃって、じゃあ作ったほうがいいだろうという話になったんです。
第19話以降はアニメオリジナルの展開も増えていきますが、今の流れはどのようにして生まれたのでしょうか。
花田
すごくシンプルに言うと原作ではゲームのシステムを使って行くことになる「トゥルーエンドに行くにはどうしよう?」という話から始まった感じです。そこでまずノーマルエンドの翌日ってどうなっているんだろう、きっとこうなっているよねという推測を重ねていって、物語を組みたてていきました。最初は僕、「もうテレビアニメの画面にゲームそのままのギミックを出してしまおう」と言ったんです。ゲーム原作のアニメ化の場合『CLANNAD』みたいに無理に繋げなくても別ルート的に提示すれば視聴者は受け入れてくれるからって。けど、それは木村さんが嫌だと(笑)。せっかくアニメにするんだから、一つのお話として繋げたい。という話になって、それで頑張って考えて、今の形になりました。とはいえゲームではシステムを使って世界線越えてる部分を、物語で越えろっていうお題ですからね。内心「どんだけ難しいと思ってんだよっ! 考える方の身になってくれよ」って思ってました(笑)。
木村
トゥルーエンドのギミックは、最後の最後まで議論しましたね……銀の鍵まわりは、終盤のエピソードからの逆算で第4話を直したりもしています。
花田
「銀の鍵は一体、扉を開けたらどこにいくんだ?」、「開けたら閉じるとはどういうこと?」、「銀の鍵を抜くというのは、どういう行為なのか?」と、ずっとそういう話をしていましたね。
市川
第19話で船を降りるのも花田さんのアイデアでした。
花田
原作ゲームにこの後の船の行き先については断片的に情報があり、軍港に寄るかどうかの部分についても言及があったので、ずっと船内だったこともあり、場面を変えたら面白いかも、と思ってあの形にしました。ただその影響で、原作でも有名なラキオの「1/2泥棒」のセリフがどうやっても入らない。仕方ないので話に合わせて正直に「2倍泥棒」にして「これで許して」って思っていたんですけど、放送見たら意図を分かって、好意的に受け入れて下さってる視聴者の方が非常に多くて、本当にありがたかったです。
木村
アニメオリジナルのエピソードを作っているところも、その手がかりは原作にあるものがほとんどです。第17話の最後に「ユーリはセツを助けるために大怪我をした」という設定が出てくるのですが、この手がかりはノーマルエンドでしげみちが口にする「ルゥアンではオマエが助けてくれたんだろ?」というセリフです。本来はセツが乗員たちを救っているのですが、セツの存在が消えたことによって、しげみちの認知では主人公が救ってくれたことになっている。その存在の差替が効くということは、主人公は救助に関わっているのではないか? と。花田さんはそういったところからエピソードを組みたててくださっていて、本当にすごいなと思いました。
市川
原作の余白に対する解釈というか。そこは本当に緻密でした。
木村
あとはやっぱり、最終話のマナンのエピソードですね。原作のトゥルーエンドをなぞりつつ、アニメ『グノーシア』としてのギミックも入っていて。個人的に印象的に残っているのは、マナンを追いつめるときに投票のシーンを追加したことです。あれは花田さんのアイデアで、アニメ『グノーシア』としての集大成になっているように思いました。これが最後の投票なんだなと思うと、感慨深さもありましたね。
連載共通の質問を花田さんにお伺いしたいのですが、今回『グノーシア』に関わられる中で刺激を受けたことを教えてください。
花田
『グノーシア』という作品で言うと「このくらい尖っていても、今のお客さんは楽しんで見てくれるんだ」というのがわかったことは、すごく新鮮でした。僕も長くこの業界にいるので、いわゆるイケメン男子や萌え少女みたいなキャラクターでないと受けない時代も見てきたんです。でも最近はそういう枠をとりはらって、面白いものは面白いという空気がある。作り手のとがった感性に刺激を受けました。それと何より放送を見ていて思うのは、キャストの皆さんがすごく楽しそうなんですよ。SQちゃんなんか、演じていて楽しくてたまらないんだろうなと。いろんな可能性がこれからの作品づくりの中にあっていいんだろうなと思いました。
最後に、全21話を見届けてくださった視聴者の皆さまに向けて、一言ずつお願いします。
木村
まずはスタッフサイドとして、ずっと面白いと思っていたものを皆さまに見ていただけて、感想をシェアできるようになったことがすごく嬉しいです。アニメとしてできる最大限のもの、自分たちなりの『グノーシア』をやりきれたと思っているので、後悔は一切ありません。毎週たくさんの方にアニメを見ていただいて、コメントを寄せてくださって、ファンアートを描いていただいて、グッズを手にとっていただいて。まるでお祭りのような日々でした。僕たちにとってアニメ『グノーシア』の経験は、1度しかできないものです。見てくださった皆さまにとっても、これがかけがえのない思い出になっていたら幸いです。
花田
どんなアニメもそうですが、原作を本当の意味でそのままアニメにするのは、ほぼ不可能です。場合によっては主人公を作って、セリフを足して、イベントにもアレンジを加えていかなければなりません。書いているときは、それに対してお客さんがどういう反応をしてくださるか、とても不安でした。でも結果的に、面白く、楽しんで見ていただけたという感想がとても多くて。すごく嬉しかったですし、ホッとしています。それが一番大きいかもしれませんね。
市川
映像的にも演出的にも、この作品ではさまざまな挑戦ができたと思います。そういう意味では、本当にありがたい作品でした。ワンシチュエーションで、ロジカルな会話劇を映像にしていくのは大変な場面もありましたが、それだけにやりがいがありました。キャストもスタッフも、みんながアニメ『グノーシア』に本気で向きあってくれました。最後まで見届けてくださった視聴者の皆さまには、心から感謝しています。末永く愛していただけたら嬉しいです。